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 神の言葉を求めて


by iesukirisuto

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 資本論の第一篇 商品と貨幣 第一章 商品 のところを基本的に理解できたと思う。ここは、1978年の秋に読んでいるのであるが、よくわからなかった。それにしても、30歳のとき、洗礼を受けて1年以内に、読み始めているのである。
 洗礼を受けて、自分の立場をはっきりさせてから、長年の課題であったマルクス主義に取り組もうとしたのだと思う。岩波文庫で第2分冊に入ってしばらくしてから挫折している。今度は、また、自分なりの神学的な立場がはっきりしたということの中で、取り組んでいる。それに、もうあまり時間がない。それで、総体的に、問題に取り組み始めたのだが、ありがたいことにかなりわかるようになっている。「経済学・哲学草稿」とは、違うことが書かれているが、内容的には一貫しており、わかりやすくなっているところもある。「経済学・哲学草稿」が書かれてから20年後に出版されたものである。とにかく、わかるようになっているのがうれしい。どのような結果になるかわからないが、新しい地平を獲得できそうである。自分なりの考えを持つことができるであろう。
by iesukirisuto | 2009-05-29 18:13 | 評論

「資本論」を読み始める

 今日から、「資本論」を読み始める。岩波文庫で、2分冊目の半ばまで読んだが、しきりなおしである。向坂逸郎訳のものである。今、第1巻第1章「商品」のところを再読している。マルクス自身、1番難しいところと言っているところであるが、前回読んだときより、はるかにわかるようになっている。これは、「経済学・哲学草稿」「ドイツ・イデオロギー」を読んだせいだろう。1番基本的なところは押さえたという自信があるので、落ち着いて読めるということがあるし、実際、読んでみて前よりわかるし、基本的なところからわかるという気がする。今「気がする」と書いたが、実際、わかってきていると思う。
by iesukirisuto | 2009-05-29 11:26 | 評論
 ヘーゲルにわたしは、直接的な関心をもってこなかった。ショーペンハウエルは、ヘーゲルに否定的であったし、キェルケゴールも否定的であった。私自身、ヘーゲルの「論理学」を瞥見しただけで、「何だ、これは」と思ったのである。しかし、ヘーゲルに強い影響をうけたらしいベリンスキーにドストエフスキーが反発したり、マルクスも批判をしていることを考えてみるとヘーゲルの存在は大きいことは間違いあるまい。
 その場合、マルクスとヘーゲルの関係をよく見定めておく必要がある。マルクスはヘーゲルを批判しているが、全部を否定しているわけではない。何を残したままかというところをよく見極める必要がある。その残したところこそ、問題なのではないか。
by iesukirisuto | 2009-05-28 16:22 | 評論

マルクスの人間理解

 マルクスの人間理解にわたしは疑問をもっていたのであるが、マルクス自身の言葉を引用しておこう。「ドイツ・イデオロギー」にある。

 フォイエルバッハは、宗教の本質を人間の本質へと解消する。しかし、人間の本質とは、個々の個人の内部に宿る抽象物なのではない。それは、その現実の在り方においては、社会的諸関係の総体なのである。(岩波文庫、廣松訳)

 「社会的諸関係の総体」なのである。特に経済的な社会的諸関係の総体であろう。あるいは、「生産する動物」。あるいは「人間」は理念ではないから、「社会的諸関係」がかわれば、人間も変わる。そのような弁証法的なものである。従って、「人間の解放」も弁証法的に行われるということなのであろう。人間の永遠的な革命というものが考えられる。「病気は病気であり、死は死である。」ということで、ただ受け入れるべきものということになろう。私有によって苦しむプロレタリアートによって革命が行われることによって、人間解放が永遠に続行されるのである。

 
by iesukirisuto | 2009-05-28 16:12 | 評論

1837年から1845年まで

 1837年から1845年ぐらいまでが、マルクス・エンゲルスにとって、決定的な時期であったようである。1937年は、シュトラウスが「イエスの生涯」を発表して年で、エンゲルスはこれを読んで、キリスト教から離れてしまい、フォイエルバッハが1941年に「キリスト教の本質」を出版して、これを呼んだマルクスは、宗教批判はこれで終わった、としたのである。そして、1845年から1846年に書かれた「ドイツ・イデオロギー」を読むと、ここに既にマルクス主義の基礎が出来上がっていることを感じる。マルクスが27歳の頃のことである。その3年後1848年に共産党宣言を出している。
 1837年から1848年までの11年間に、思想界・政治社会で激変がおきているのである。「ドイツ・イデオロギー」を読みながら、現代の発端に立ち会っているという印象を受ける。この10年間は、世界史上でも決定的な時期であったようである。しかし、一キリスト者としてのわたしには、1837年に「イエスの生涯」が1841年に「キリスト教の本質」が出され、これが歴史をつくっていることに関心がある。やはり、「イエスの生涯」を読むべきであろう。「キリスト教の本質」は二度読んでいる。バルトも「19世紀のプロテスタント神学」で、シュトラウスとフォイエルバッハについて論じている。
by iesukirisuto | 2009-05-28 13:06 | 評論

私有財産と貪欲

 マルクスは、私有財産の克服としての共産主義をいうのであるが、私有財産制をどのように克服するのかは、不明である。実際、これを制度の面から、かえていくことができるのかどうか、という問題がある。キリスト教でも、十戒の最後に「貪ってはならない」というものがるのであるが、共産主義は制度的に、「貪る」ことのできない社会をつくろうということなのだろう。しかし、それが本当にできることなのだろうか。素朴な疑問である。
by iesukirisuto | 2009-05-27 21:14 | 評論
 「ドイツ・イデオロギー」を再読しながら、思いかけず考えたことがある。わたしは、今の世界・日本に大きな問題があると、愛知機械で考え始めた。その際、わたしはマルクス主義に向かうこともできたのである。そうならなかったのは、既にドストエフスキーを読んでいたせいがあろう。
 わたしが、ベテスダホームという施設で、働き始めたのは、愛知機械をやめてからこれからどのように生きたらよいか、一応の結論を出していたからである。それは、世界を救うというような大それたことは自分にできないということであり、「一隅を照らすこと」ができればいいというものだった。そのとき、わたしはアッシジのフランチェスコのことを考えていた。彼は、清貧の聖者としてよく知られている。トインビーの「歴史の研究」を読んでなんとか道を見出したいとわたしは思っていたが、トインビーは歴史家であって、わたしの願いをかなえてはくれなかった。しかし、彼は、フランチェスコを示してくれた。彼の言うには、西欧文明は果たしてフランチェスコのもとに戻るであろうか、というのであった。彼は,現在の西欧文明の危機を救うのは、フランチェスコのような生き方だと言ったのである。そのときトインビーが考えていたのは、資本主義の只中にある西欧のことであろう。
 わたしは、ベテスダホームに行ったとき、隣人愛のことだけでなく、清貧の生活ということがあったのだと今日、明瞭に思い出した。あれは、わたしの全身全霊をもっての、資本主義社会に対する抵抗姿勢だったのである。しかし、ベテスダホームでわたしを待ちもうけていたのは、思いもかけないものだった。結局、5年後、ベテスダホームを去ったとき、わたしは牧師になろうとしていたのである。マルクスやエンゲルスは、一切の問題の根源に私有財産制があると結論づけて、共産主義に向っていた。他方、わたしは、キリスト教信仰に向かいながら、貪欲を自ら克服して生きる道を模索していたのである。
by iesukirisuto | 2009-05-27 21:00 | 評論
 「経済学・哲学草稿」の再読を続けている。マルクスの考えていることが次第にわかってきている。
疎外された労働と私有財産との関係について、マルクスはこう書いている。

 労賃は疎外された労働の直接の結果であり、そして疎外された労働は私有財産の直接の原因である。

 わたしの愛知機械での経験が、わたしにマルクス主義の目を向けさせた。わたしが、資本主義の問題として感じたのは、まさに疎外された労働の問題だった。ベルトコンベアーのある鋳造工場での経験が、わたしと資本主義社会との出会いだったのである。
 疎外された労働が、わたしにとって問題だった。搾取が問題ということではなかった。もちろん、搾取のことは、マルクスやエンゲルスの著作で、よく知ってはいる。しかし、労働者が機械の奴隷にされている現状がわたしには問題だったのである。それに対してわたしは何もしてこなかった。どうしようもないと思ってきたのである。しかし、今抜書きしたところで、マルクスは疎外された労働と私有財産の関係を明瞭にしている。資本家の強欲が、労働者を疎外された労働においやっているのである。マルクスの論理によると、私有財産制を廃止し、共産主義になると、疎外された労働もなくなる、ということになる。
 しかし、レーニンもテイラー・システムを認めたということではないか。ロシア革命の後のことである。
 マルクスのこの著作はすべてを私有財産制を廃止することによって解決するという結論に、まだ20代で達していたのである。しかし、これは理論としては、筋道が通っているが、まさに徹底しているが、なにか、人間に対する決定的な無理解があると思われる。マルクスと他の人たちとの人間関係はどうだったのか。マルクスの人間を知りたいと思う。E.H.カーの伝記を読み進めたい。 
by iesukirisuto | 2009-05-27 00:19 | 評論

ブログと日記について

 わたしは、18歳ぐらいから日記をつけ始め、現在63冊目を書いている。ブログを始めたのは、自由民主党の新憲法草案について、わたしの考えていることを多くの人に知ってもらおうということがあった。わたしなりの危機意識があったのである。それから、ブログでわたしは新憲法草案の一条一条を考えることをした。ブログを書いてある間に、草案の文章についてよく考えてみようということがあった。ブログは考えるための道具、考えるための場所となったのである。この「御言葉をください」では、わたしは最初は、伝道・説教をしようと思ったのであるが、長続きはしなかった。そして、1年以上も中断していた。今度、再開する気になったのは、今まで日記で書いていたことを、日記よりは人を意識して書こうという気になったからである。日記の場合、人に読んでもらうつもりはないのであるから、本人が後で読んでわかればよいのである。
 しかし、わたしは、日記より、少し人に向けて書こうと思うようになった。それで、ブログで、日記めいたことを書くようになったのであるが、だんだん、ブログが読書ノートめいたものになってきたのを感じている。そして、ブログを続けてきていると、わたしにとって、ブログの意味は、書きながら、考えをまとめるという意味があるということに気づき始めている。そして、コメントをいただいて気づいたのだが、わたしにはまだコメントに答える余裕はないということである。十分考えがまとまっていないし、人とまで討論や対話をする段階にないと感じるのである。もっともっと、多く学び、もっともっと多く考えないでは、対話に入れない。自分自身の中でも、実に様々な問いが湧き上がってきているのである。それに対応するのに精一杯である。コメントをひとに求める段階にないということに気づいたので、コメントは求めないことにさせていただく。もう少し、自分なりの考えがまとまって、積極的にひとに向って主張する気持ちになったらコメントを求めよう。わたしのブログは、共に考えよう、学ぼうという人にだけ、少しの意味を持つだろう。わたしは、ここで考えようとしている。
by iesukirisuto | 2009-05-26 00:58

私有財産は諸悪の根源か

 どうやら、マルクスは私有財産制を諸悪の根源と考えているらしい。わたしは、マルクスが本気でそのように考えていると、思えなかったのであるが、マルクス主義の一番奥底にそのような考えが牢固としてあるのではないか、と思うようになった。マルクスは20代にそのような考えを持つようになり、それは以後かわらなかったと思われる。これは、「経済学・哲学草稿」に書いてある。
 問題はここにあると思われる。確かに、資本主義の時代は、経済的なことが人間のすべてを規定しているように見えるところがある。しかし、反対を考えてみよう。本当に私有財産というものがなくなったら、人間の問題、社会の問題はすべて解決するのか。わたしにはどうしてもそう思えない。仮に、共産主義が完璧に行われても、人間がそれによって、全面的によい人間になるとは到底思えない。
 人間は年老いるし、病気になるし、死ぬ。共産主義が完全に実行されても、人間が互いに愛し合うようになるとは思えない。
 マルクスの人間理解には、何か決定的に欠けているものがあるのではないか。どうしてもそう思える。
 
 私有財産制は、人間社会の原罪とでも言うべきもであって、それはプロレタリアートの革命によって克服できるというような、なにかファナティックなことをマルクスは信じていたのではないか。マルクスはおそらく、そのようなことを本気で信じていた。その本気さに、多くの人が熱狂したのではないか。
 エンゲルスは、「空想から科学へ」と言ったが、マルクス主義が、最後まで科学であるか。科学というより、世俗的終末論ではないか。ベルジャーエフが「共産主義は宗教である」と言ったのは、基本的に正しいのではないか。
by iesukirisuto | 2009-05-23 21:26 | 評論